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遠くない未来と現在の私の悩み

 

 

 

 

 

 もどかしいほど届かない想いは消えない灼熱の華と化して今もまだ輝いていた。

 その灼熱の華は一時跡形もなく消えていた事もあったみたい。

 よくもまぁ、諦めのつかない想いだこと。

 いい加減枯れてしまえと思ってしまうけれどそれは無理な話で。

 一度好きだった人をまた好きになるって未練たらしいったらありゃしない。

 しかし、それは私の事だった・・・。

「きょうせんせいどうしたの?」

 今年、うちの保育所を卒園して小学校へ入学する汐ちゃんが私に声をかける。

「ゴメンね、ちょっと考え事をしてた」

 なぜ、桜が咲いているこの時期に卒園した子供の家にいるのかと言うと私の友人だった夫、朋也が余りにも頼りないからだ。

 と、これが半分の理由。

 もう半分はより男前になった好きだった人の近くに居たかったからだ。

 卑怯だって言われても否定はしない。

 だって本当の事だから。

 純粋に娘や大切な人を大事にしている姿が誰よりもかっこよかった。

 たった一人の人を想っていられる事がどれほどカッコイイかがみんなはよくわかっていた。

 これは私を含めての周りからの評価。

 どれほど、モテているのかがよくわかる。

 そして、一度はフラれたのにまた好きになれたのが凄かった。

 それは高校時代ではなくて父親になった彼が好きという話。

 昔、彼を好きだった人たちも今は彼を見守る側に入ってしまった。

 私が知っている人で朋也を好きという人は現在進行形で私だけ。

 ただ、私に振り向いて声をかけてほしい。

 他愛のない話に花を咲かせながら汐ちゃんの成長を見守りたい。

 それだけで十分だった。

 まぁ、これだから私に春が来ないのだけれど・・・。

 ・・・考えても仕方がないので他の事を考える。

「今日は何食べたい汐ちゃん?」

「んーと、せんせいがつくってくれるならなんでも」

 考えながら言ったその言葉と仕草がそんじょそこらのガキんちょに比べたらもう月とすっぽんだ。

 あぁ、私を恋に墜としやがって!

 力いっぱい抱きしめて頭をくしゃくしゃと撫で回す。

「せんせい、イタい」

「・・・ごめんなさい」

 どっちが大人だと思うぐらい私は頭を下げた。

 汐ちゃんはぺたぺたと髪を整える。

 渚の子供なのにマイペースだ。

 ・・・忘れてたつもりはなかったけど朋也の子供でもあったわね。

 時計を見る。

 短針は午後4時を指そうとしていた。

「それじゃ、ハンバーグを作ろっか?」

 私は汐ちゃんに聞く。

「うん、きょうせんせーのハンバーグすき!」

 両手を上げて自分がどれほど好きかをアピールするところは年相応な子供だった。

「・・・パパがつくるハンバーグははーとさまみたいだもん」

 ・・・こういうところは年不相応だ。

「食材は・・・、ないみたいね買い物しなきゃ」

 冷蔵庫を見ながら私はそう言った。

「汐ちゃん、買い物行くから手伝ってくれる?」

「わかった」

 私は買い物バックを肩に掛けて汐ちゃんに自分の用意をさせる。

「用意出来た?」

 汐ちゃんに聞いた。

「うん」

「それじゃ、行こっか?」

「おーー」

 手を挙げて元気を見せた。

 

 

 

 

 それから、ハンバーグに必要な材料を購入して夕日に染められた下り坂を歩いていた。

 手を繋いでゆっくりと汐ちゃんの歩幅に合わせる。

 その道にざわめきはなく、静寂でもなかった。

 あったのは私たちの声だけ。

 今時、車も人も通らない道なんてそうそうない。

 私が子供の時にもなかった。

 ・・・珍しい。

 そう思うと何故か感慨深かった。

 この時間で人が少ないとなるとまるで別世界に陥ったような気がする。

 不思議だった・・・。

「汐ちゃんは小学校に入って何がしたい?」

 私はそう聞いた。

「やきゅう!」

 ・・・相変わらず男の子みたいね。

「でも、べんきょうしたい!」

「汐ちゃん、あんた本当に朋也の子供!?」

「せんせい、こえおおきい」

 思わず大きい声を出してしまった。

 どうやら、朋也の遺伝子よりも渚の遺伝子の方が強かったみたい。

「でも、本当に勉強したいの?」

 先ほどの言葉がまだ信じられずに聞いてしまう。

「うん、パパとママがいってたがっこうにいきたいもん」

 ・・・汐ちゃん、その言葉はずるいよ。

 そんなことを言われたら親じゃない私でも自惚れかもしれないけれど嬉しくなるじゃない。

 でも、言う人を間違ってるなぁ〜。

 これは朋也や渚や早苗さんや秋生さんに聞かせてあげたい言葉だよ・・・。

「・・・この事、お父さんに言った?」

「ううん、きょうせんせいだけ」

 なんで、私に?

 と疑問を問いかけたかったが言わなかった。

 いや、言えなかった。

 何色にも染まる無垢な瞳を前にして私は相槌をうっただけ。

 それは畏怖を抱いた感情が生き残るために命令したもの。

 だから、何も言わない。 言いやしない。

 

 

 

 

 しばらくして朋也と汐ちゃんのアパートに上がりご飯を作る。

「さて、ご飯を作らなきゃね」

 ハンバーグを作るため汐ちゃんにひき肉を捏ねる作業を手伝ってもらった。

 傍から見れば仲のいい母子かもしれないがこれは違う。

 合っててはいけない。

「・・・きょうせんせい?」

 汐ちゃんの言葉で黒い感情を振り払う。

「ごめん、汐ちゃん少しボーっとしてた」

「そう」

 また、捏ね始める。

 一生懸命に捏ねているその姿はとても可愛かった。

 思わず抱きしめたくなったのは私だけじゃないはず・・・。

 汐ちゃんが頑張って捏ねたお陰で直ぐに焼く準備に入れた。

 焼いている途中に朋也が帰ってきた。

「ただいま。 いつも、悪いな杏」

 朋也が帰ってくるなりその言葉はいつも胸に刺さる。

 が、悪いのは朋也じゃない。

 欲が強い私のせいだ。

「何言ってんの、汐ちゃんの元先生としては当然の事よ。 アンタと渚の大事な娘なんだから栄養管理はしっかりしないと」

「・・・ああ。 しかしだな、俺も多少は料理できるぞ」

「チャーハンしか作れないくせに?」

「ぐはっ!」

 あはははと言葉では笑ってたけれど内心は必要とされない恐怖の裏返し。

 だから、『渚』と言う禁止ワードを使う。

 心のどこかで卑怯者と思いながら。

「せんせい、パパをいじめちゃダメ」

 汐ちゃんの言葉で私は黒い感情を振り払う。

「汐、お前は俺の女神だ・・・」

「汐ちゃん、お父さんと私の料理はどっちがおいしい?」

 汐ちゃんは右手の人差し指を顎に当てながら考え込んで答える。

「きょうせんせいのりょうりがすき」

 朋也は崩れ落ちた。

「ぱ、パパのりょうりもすきだよ? ・・・ちゃーはんとか」

 汐ちゃん、時に優しさは残酷なものよ。

「さて、ご飯にしよっか。 ほら、朋也もくよくよしない」

 朋也を立ち上がらせご飯にする。

 ブツブツと呟きながら立ち上がった朋也の姿は哀愁が漂っていた。

 ご飯の前には汐ちゃんが必死に朋也を宥めていた甲斐もあって朋也は元に戻った。

「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」

「・・・いただきます」

 そう言ってご飯を食べ始める。

 ちなみに一番上が私で、真ん中は朋也で、一番下が汐ちゃん。

 世間話をしながら食事をする。

 ご飯もそろそろ終わりにさしかかろうとしている時、朋也がいきなりこんな事を言い始める。

「あのさ、杏は明後日の予定開いているか?」

「急にどうかしたの?」

 こんな言い方は朋也にしたら珍しい。

 私は少し、期待を持ち始める。

「ああ、渚の墓参りに行こうと思ってな。 お前も最近、渚に会ってないだろ? だから、一緒にどうかなと」

 その言葉で私は期待が一瞬にして冷めたけどそれ以上の自己嫌悪に陥った。

「・・・ごめん、その日もしかしたら予定が入るかもしれないから明日連絡するね」

「そっか、それなら明日でも待つよ」

「ごめんね」

 その話は嘘。

 毎日、ここに来ているのに明後日予定が入るなんて普通はありえない。

 それでも、私は嘘をついた。

 朋也は悪くないのに朋也が悪いように仕立て上げてしまった。

 それは私が弱いから。

 この状態で渚に合うのが怖かった。

 渚に後押しをしてもらいそうな自分がいるから話を断る。

 しばしの沈黙が流れ、時計の針が8時30分を刺そうとしていた。

「それじゃ、私帰るね」

「送っていくぞ?」

「ううん、平気」

 朋也は心配して送ってくれると言ってくれたけど今は一人になりたかった。

 二人きりだと私が壊れてしまいそうで・・・。

 そんな事になるなら離れていたい。

 それが誰も傷つけない方法。

 私は朋也たちの家から出ていった。

 汐ちゃんは渚の写真を見た後、私の方に振り向いて手を振った。

「またね、きょうせんせい」

 私も同じように手を振り家を出た。

 私はアパートに着くとお風呂に入って歯磨きをしてベッドに潜り込む。

 ただ、汐ちゃんの手を振ったあの姿がいつまでも私の頭の中で再生し続けていた。

 

 

 

「で、私を呼んだ訳か・・・」

「・・・はい、その通りです」

 私は今、喫茶店に居た。

 今日の朝に友人、坂上智代に電話をして話をしている。

「ふむ、さっきの話から察するに岡崎家の輪の中に入り入って生きていきたいという事だな」

「私はそこまで求めていないけど確かにそうね」

「・・・何故、そこを求めない?」

 智代の言った事がわからなかった。

「求めないって、私は別に・・・」

「なら、他の人にとられてもいいんだな?」

 智代の目は強く、真っすぐに私を見つめる。

「それは嫌・・・。 私はあの二人と一緒に居たいだけ」

 普段の私であれば『試されている』事に気づけたけど気づかなかった。

 でも、だからこそ素直に言えた。

「・・・杏、もっとお前は素直になって欲を強くしてもいいんじゃないか? お前は何に恐れている?」

 何に?

 ・・・私は何が怖い?

「勝手な推測だが、お前は必要とされない事が怖いんじゃいか? だから、先の言葉が言えないんだろう?」

「でも、私は・・・」

 私の声を遮るように智代は言葉を発した。

「渚と汐が朋也より怖いのか?」

「・・・ッ!!」

「図星か・・・」

 全部、当たっていた。

「だって、汐ちゃんのお母さんは渚だけで汐ちゃんの母親も渚だけじゃない!」

 私は声を張り上げてしまう。

「あぁ、そうだな」

 智代の声がどこか笑いを帯びていた。

「お前は自分で思っているほど必要じゃない人間じゃないぞ?」

「それってどういう・・・」

 そう言われた時、私は理解できなかった。

 優しく微笑んでいる智代の顔が何か知っている事だけはわかる。

「・・・お前、朋也に鈍感だと言えないぞ?」

「へっ?」

 自分でも間抜けなだと思うような声が出た。

「なんで、汐がまたねって言ったんだ? どうして、朋也が渚の墓参りに行こうって言ったんだ? よく、考えてみろ」

「・・・・・・えっ!!」

「最近、朋也に感化されたんじゃないか?」

 ・・・本当に朋也の事を鈍感って言えない。

 でも・・・。

「・・・まだ、迷っているんだな」

 智代の声が私の気持ちを代弁してくれた。

「うん、答えが出るのにしばらくかかりそうかもね」

「大切な話だ、じっくり考えて悩め。 だが、答えを出すのに時間をかけすぎないようにな」

「気をつける」

 そう言った時、智代のケータイからアラームが流れる。

「はい、もしもし・・・。 ああ、そうか。 わかったチケットを・・・そうだな、2枚用意してくれ有望な人材が私の目の前に居るからな」

 なんか、雲行きが怪しくなったような・・・。

「武装勢力は? ああ、奴らか・・・。 しかし、頭は逮捕したんだろう? なるほど、二代目か。 明日、そっちに着くようにする」

 武装勢力って、智代はなにに首を突っ込んでいるの?

「了解。 そうだ、大量の辞書を用意しておいてくれ。 えっ? ああ、武器に使うんだ。 私じゃない。 有望な人材に必要なんだ」

 私!?

「10万3000冊ぐらい用意しておいてくれ。 5時間あれば準備は可能? よし、頼んだぞ。 じゃあ、日本時間だがまた明日。 健闘を祈る」

 ・・・私、瞬間記憶能力はないんだけど。

「さて、今回の相談に乗った報酬を取らせてもらう。 言うことを聞いてくれるな?」

「・・・拒否権は?」

「皆無だ」

 ・・・智代が違う世界の住人に見えた。

「荷造りもしなきゃいけないし・・・」

 なんとかして逃げ場を作る私。

「こんなこともあろうかと、既に荷物は用意している」

「朋也たちのご飯とか作らなきゃ・・・」

「こんなこともあろうかと、朋也たちにレストランのタダ券を渡しているから気にするな」

 ちょっと用意周到すぎない?

「他に聞きたい事は?」

「・・・何もありません」

 どっちが年上なんだか・・・。

「それじゃあ、行くぞ杏」

「・・・うん」

「・・・朋也たちに連絡はとっといた方がいいんじゃないか?」

「うん、そうする」

 そう言われケータイを取り出して朋也の家のアパートに掛ける。

 二回目のコール音で電話が繋がった。

『はい、おかざきです』

「もしもし、汐ちゃん? 杏先生だけど朋、お父さんいる?」

 電話の相手は汐ちゃんだった。

『いるよ。 パパにかわったらいいの?』

「うん、お願いできる?」

『わかった。 ・・・パパ、きょうせんせいから』

 朋也が『変わったぞ』と言いながら出てくる。

「朋也? ごめんね、お墓参りに行けなくなったの」

『ああ、気にするな。 また、日を改めて行けばいいさ』

「本当にごめん」

『別にいいって。 じゃあな』

「うん」

 そのまま電話を切った。

 ごめんね、朋也。

 もう少し素直になれたらいいんだけどね・・・。

「そんな顔をするな、杏」

「どんな顔をしてるの? 私」

「素直になれない自分は嫌だって思ってる顔だ」

 ・・・案外、私って顔に出るタイプなんだ。

「外に出よう。 時期にここも人が多くなる」

「そうね」

 伝票を智代が持ちレジに向かう。

「今回は私が出そう。 前回は奢ってもらったからな」

「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」

「ああ」

 智代はバッグから財布を取り出してお金を出す。

 その後、店から出る。

「杏、ここに来たときは気付かなかったが向こうの道の桜も立派に咲いているな」

「そうね・・・」

「確か、あの道は渚の墓がある場所じゃなかったか?」

「そうよ」

「・・・今行かなくていいのか?」

「ううん、行かない。 行くときは朋也と汐ちゃんと一緒に行くって決めてるから・・・」

「そうか・・・」

 そう、それは遠くない未来の桜が咲いている季節に訪れるかもしれない。

 今はまだ予感でしかないけれどいつか確信に変わる日を夢見て私の春はもうすぐやって来る・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 後日、私たちはアフガニスタンでいろいろとやってしまった。

 なんで、秋生さんがそこにいるのかがわからなかったけど・・・。

 智代がその事を聞こうとした時、いきなり体の色が灰色に変わって砂になりかけたのはビックリした。

 どうにかして、慰めたのが正解だった。

 これ以上、その話はしなかった。

 ただ、秋生さんが大泣きしたのはここだけの話。

 

 

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